なつみとさくら、老不動産屋とであう

なつみとさくら ふたり
Pocket

部屋探し

駒込から本郷通りを王子に向かって歩いていくと、三叉路になっていた。

そこを道なりに左手に曲がると、ヨーロッパの古い邸宅の敷地の前に立つような鋳鉄製にみえる門扉の前に出た。

バラと洋館で知られる旧古川庭園の入り口だった。

古沢なつみは、小学生のとき、遠足できたことを思い出した。
(中はあのころと変わっているのだろうか?)

道路側には花の植え込みがつづいている。

その間の道をいくと、通りのむこう側に小さな神社らしいものが見え、その先に古びた餅菓子屋が見えた。

かなり先まで見通せる通りの左右に不動産屋は、なさそうだった。


サンダル履きの足がむくんでベルトが食いこみ、痛い。
おなかもすいてきた。

なつみは、小さなリュックのポケットからスマホをとりだして時間を見た。あと10分ほどで正午だ。


最初の本駒込の不動産屋を覗いたのが10時過ぎ。
それから駒込まで、十数件の不動産屋をしらみつぶしにのぞきながら歩いてきた。

そしていま、なつみの手にした東京都の地図では、地下鉄の西ケ原駅の近くにきているらしい。


おなかすかない? と、すこし遅れた西東さくらをふりかえり声をかけようとしたとき、

さくらが足を止め、声を上げた。
「ア、あった。不動産屋…」

「え?どこ」
見たところ通りのむこうにも、こちら側にも、不動産屋らしい店はない。


「あそこ」

なつみは、さくらが指さす先をみた。

たったいま通り過ぎたばかりの左手のちいさな7階建てのマンションの右手奥に道があり、左へすこしまがっているせいでその奥が見えにくくなっていた。

よくみると、さくらのいうとおり、通りに沿って立つマンションに隠れるようにして不動産屋らしい看板が見える。

 

小柄な老不動産屋

マンション右手のゆるい上り坂を道なりに行き、不動産屋の前に二人は立った。

グレーの古びたモルタル3階建ての1階だった。
金属フレームの引き戸には、上部の透明のガラス中央部分に白い塗料で「八幡不動産」と書かれている。

古いけれど手入れのいきとどいた印象の店だ。
前面ガラス戸には、たいていの不動産屋同様、不動産情報がところ狭しと貼り出されている。

貼り出された不動産情報をなつみとさくらは、すばやく見ていった。
これまでの店と重複してる物件もあったから、あまり時間はかからなかった。

なつみとしては、この店をさっさときりあげて、さくらに昼食休憩を提案するつもりだった。
どうせ、変わり映えしない情報にちがいないのだ。

見はじめて間もなく、なつみの予想が当たっているのがわかった。


本郷から南北線の駅に沿って下ってきた。ここまでくれば、相場がさがるのではないかと期待していたが、どうやら甘かったらしい。

東京都を出て埼玉県にはいれば、部屋代はすこし安くなるかもしれないが、二人の勤務先は飯田橋から徒歩7分の場所の和食店で、交通費が一定額までしか出ない。

それに、若い二人としては、できれば東京都内に住みたいという思いもつよい。

なんといっても世界の魔都東京なのだ。

TOKYOといってわかる外人は多いが、SAITAMAといってわかる外人はまずいない。

数年前ムーミンのテーマパーク「ムーミンバレーパーク」ができたから、もしかしたらフィンランド人は知ってるかもしれないが…。

 

ふたりが貼り出された情報を見ているガラス戸の向こうに人影が立ち、30センチほど引きあけられて、渋紙色の男の顔がのぞいて、二人に声をかけた。

「よかったら、中にもありますよ」


70代?いや、80代だろうか。若い二人には、60歳以上の老人の年齢は判別がむずかしい。


老人はたいてい小柄だが、とりわけ小柄な老人だった。

165センチのさくらはもちろん、159.5センチと、21歳の今日まで、ついに160センチになれなかったのが心残りのなつみから見ても、ひどく小さい。

もしかしたら150センチないかもしれない。

しかし、その目には、歳はとってもしっかりものらしいぬけめのなさがある。

まあ、不動産屋を、どうやらほぼ一人で切り盛りしてるのだ。当然かもしれない。 リタイアしてのんびり老後をたのしむご老体ではないのだ。

老人からは、かすかに、たばこの匂いがした。


150センチないかもしれない小柄な老人一人対160センチ前後の女二人。

危険はなさそうだ。
ふたりは視線を交わして、中に入ることにした。

二人に古いこげ茶のソファを指した。ソファの前には透明のガラスのテーブルがセットになっている。

かたわらの、古びているが掃除のいきとどいたスチール机の上の、ガラス製の灰皿をさりげなくすぐ横の棚にどけると、
老人はフチなしの老眼鏡をかけ、分厚いファイルをとりだした。

フチなし眼鏡をかけると、老人はすこし知的で品良い印象になった。

ふたりから予算と希望の広さを聞き取ると、
そこから、写真と見取り図のついた部屋の情報をていねいに選び出し、二人の前の並べた。


たしかに、表に張り出してある情報よりは良い条件のものもある。
それでも、ふたりの予算をだいぶ超えている部屋ばかりだった。

いま二人が住んでいる部屋は本郷の路地裏にあり、60年も前に学生や独身者用にたてられた古いアパートで、古いとはいえ破格の値段なのだ。

借りたとき、1年か、数年か決まっていないが建て替えが予定されているので、それまでの限定という約束で、その時はすぐに立ち退くという条件付きだった。

そして、その期限が3か月後に迫っているのだ。

「古くてもいいんです。歩いて行ける場所にお風呂屋さんがあれば、お風呂だってなくたっていいんです」なつみがいい、さくらもうなずいた。

じつは、今朝探し始めるときは、「こんどは、お風呂だけはついてる部屋がいいわね」といいあった二人だったが、

このさい贅沢はいっていられないと、ふたりそろって気づいたのだ。

「そう…」

不動産屋は、しわに埋もれかけた目をいっそう細め、思案のいろをみせながら二人をじろじろと見ている。

ふたりがいごこちがわるく感じはじめたとき、

「おたくらなら、大丈夫かもしれないね」といった。

 

シェアハウス 王子アリス

 

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました